2012年5月14日 (月)

子孫を想う情念の山地農業用水堰と水利権 (芳賀泰典)

 4月に入っても連日雪模様が続き足踏みしていた春が、連休の声とともに山形にも一気に訪れ、梅に、桃、桜に西洋なし、さくらんぼ、庭の水仙、芝桜など春の花が一斉に開花し、百花繚乱、長井盆地は一面の花盛りであった。例年なら、ソメイヨシノから一呼吸おいて咲き始める樹齢1200年の国指定天然記念物のエドヒガンの古木「久保桜」も「大明神桜」も一緒に花が開いた。

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実質日本一の桜の巨木 長井市草岡の大明神桜
国指定天然記念物 樹齢1200年のエドヒガン

 目を転じて、残雪の西山を眺めると、何時の間にかブナの濃い緑が山の中腹まで登っていた。ブナの発芽は、いつもの年ならば、峰伝いに始まり、次第に斜面に広がっていくが、今年は、一気に峰から斜面に濃い緑が広がっている。峰伝いにブナの緑が登っていく様子を古老は「峯越(ほっこし)?」と言い、峯越は、長井盆地に本格的な春の到来を告げ、水田の耕耘、代掻き、田植えと春作業も盛りを迎える。 

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満開の桜から長井盆地に恵の水を供給する葉山を望む

 
 
西山は、地元の通称で、正式には「葉山」である。朝日連峰の南の端に位置し、標高1200mとそれほどの高さではないが、山頂には、「御田代」と呼ぶ高層湿原がある。池塘には「モウセンゴケ」や「ミツガシワ」などの高山植物もみられ、日照りの年でも干上がることがない。土地の農家は、田植えが終わると早苗を持って葉山に登り、御田代に田植えし、五穀豊穣を祈る信仰の山でもある。 

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夏の日照りでも涸れることがない葉山山頂の御田代

 ここに地元で保存活動している2つの山地農業用水堰の遺構がある。一つは、「嘉永堰」で、嘉永6年(1853年)の大旱魃を契機に、米沢藩が嘉永6年の晩秋から冬にかけて施工したものである。本来葉山の西側に流れて置賜野川に注ぐ水を約700mの掘割によって東側に引水し、約200haの水田を潤した。
 もう一つが、湿田を乾田化する暗渠排水工事の施工に伴う水不足を解消するため、昭和7年から9年にかけて地元の共同事業として施工された「昭和堰」である。葉山の山頂直下から、土管や素掘の水路で嘉永堰上流まで約3500mを引水した。これにより嘉永堰の水量が増し、昭和9年の大凶作を経て、翌10年には、湿田70haの「県営暗渠排水事業」に着手することができた。

 何れも、標高1000m以上の高地に位置し、昭和堰の工事では、土管やセメントなどの工事資材を人力や牛の背で担ぎあげ、山中に小屋掛けしての難工事であったことを当時の写真が伝えている。冬には数mの積雪がある場所であり、急な斜面に敷設した土管や水路が雪崩で崩落するなど、工事完成後も、施設維持のため、毎年葉山に登り、堰の泥上げや補修を行ってきたという。

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工事の苦労が偲ばれる斜面に建てられた藁ぶきの現場事務所


このように、江戸時代から昭和へと、水稲の豊作を願い、貴重な水資源の確保に貢献してきた「嘉永堰」、「昭和堰」であるが、置賜野川本流に木地山ダムが建設された昭和30年代後半、その役目を終え、その存在も何時の間にか忘れ去られることとなった。

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かって嘉永堰、昭和堰の水で潤された地域の水田


それから30数年後の平成4年、嘉永堰のことが記された古文書に導かれ、地元の先達の遺徳を確認しようと「嘉永堰・昭和堰を見る会(現:西山の史跡を見る会)」が結成された。登山道から離れ、アプローチもままならなかった2つの堰のルートを探索するとともに、有志10数名で毎年根払いを行い、苦難の末、完工した工事を後世に伝え残すため、遺構の保存に努めている。これらの活動と地元の自然保護活動家の尽力により、見る会が根払いした昭和堰の遺構が葉山登山道の迂回・周回コースとして登山地図に掲載されるまでになっている。

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毎年行われる遺構を守る根払い作業

調布市在住のサイエンスボランティアが「子孫を想う情念の山地農業用水堰」と呼んだ嘉永堰、昭和堰であるが、地元では、今、この水を使うことができない。今年から本格実施された環境保全型農業直接支援対策のメニューの一つである冬季湛水管理では、当然のことながら冬季に用水を確保する必要があるが、この地域の農業用水路の水利権が、ダムの完成とともに一本化され、それまでの慣行水利権が消滅してしまっているのである。

 冬季に地域を流れる水は、かっての嘉永堰、昭和堰の下流の沢から集まった水であり、縄文の昔から、集落の発生とともに数千年に渡り地域を潤してきた水である。しかし、現在の水利権が、水稲の栽培期間に限られるため、正式には冬季の農業用水として使えないのである。地域には、直接支援対策が始まる前から、「冬水田んぼ」に取組んできた農家がいるが、それは「盗水」に当たり、直接支援対策の対象とはならない。
 

 ダムが出来た昭和30年代は、環境保全型農業の概念もなく、まして冬季湛水などもってのほかだったろう。時代の趨勢の中で、国あげての環境保全政策でありながら、一方の河川行政が柔軟に対応できない制度に矛盾を感じながら、今年も7月には、1泊2日の根払い作業に向かう予定である。

次回は、検査技術講習会同期受講の小前さんにお願いします。

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2012年4月23日 (月)

プレ情報 検査技術講習会イン淡路島(志野勝英)

今年のJOIA/IOIAオーガニック検査技術講習会(農場コース)は兵庫県の淡路島で開催されます。事前情報としてどんなところかご案内します。

今回講師を担当する大阪の村上譲講師と待ち合わせし、神戸三宮から高速バスで淡路島へ。
村上講師は晴れ男だそうで、雨中の検査は今まで一度もないとのこと。
そのおかげか、暖かい春の日差しを浴びた瀬戸内海を眺めながら明石海峡大橋を渡って淡路島へ。
終点が今回の会場となる高田屋嘉平衛公園ウエルネスパーク五色。
この公園内にある浜千鳥という宿泊施設が今回の会場です。

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講習会場内の音響システムや広さなどをチェック、食事は隣室に用意いただけるので、
まさに講習に集中できる環境です。(いわば缶詰)

次に宿泊施設のチェック。講習会場から徒歩5分の丘の上にあるログハウスが宿泊施設です。
(眺望抜群)ロフトもあり、寝室は畳。広さは十分でキッチン・冷蔵庫・ユニットバスも完備しています。(大浴場は浜千鳥にあり、隣接地に温泉施設もあり)

一通り確認を終えたのち村上講師が値引き交渉。ストーリー性のある値切りは横で聞いていてもなるほどと納得してしまうほど。
今回は奏功しませんでしたが「ええもん見させていただきました」

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午後は模擬検査実習をお願いした笹田さんの農場を見学。笹田さんは仙人のような風貌ですが、でてくる言葉はサービス精神に富んだ楽しい言葉ばかり。
笹田農場へ向かう途中にここだけは見て行って欲しいと菅原道真公が太宰府に流される途中に立ち寄ったという天満宮を案内していただきました。

実習地笹田農場の内容は3日目の模擬検査までのお楽しみに。
尚、当日は笹田さんと有機JASの検査員でもあるお嬢さんが対応してくださいます。

6月5日~8日の4日間開催の(前半2日間の座学コース、後半2日間の実地コースもあります。)
JOIA/IOIAオーガニック検査技術講習会、多くの皆様のご参加をお待ちしています。
また、会員皆様のお知り合いにも声かけをしていただきますようお願い致します。

ちなみに映画「種まく旅人」第2弾の舞台に淡路島が決定。
農水省の女性官僚が淡路島の農業水産業のために奮闘するお話だそうです。

次回は山形の芳賀さんにお願いします。

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2012年3月27日 (火)

イ族の農業と原発事故(永井 和夫)

秋、カブの収穫がひと段落すると標高3000メートル近くにある松林から小枝を切り落とし、家族総出で一年分必要な量を家に持ち帰る。乾燥すると松葉を集める。
この枯葉は牛、ブタの寝床に敷かれる。
小枝はカマドの燃料となる。
家畜の寝床に敷かれた松葉は糞尿にまみれ庭に出し山積みされる。
山積みされた松葉は一年置かれ立派な堆肥に成熟する。


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松葉堆肥

春になると堆肥を畑に撒き、牛の引く犂で土を起こし、ジャガイモ、トウモロコシ、ソバ、燕麦を蒔く。燕麦はオートミールとして年寄のご馳走となり、客人をもてなす。
ジャガイモ、トウモロコシそしてソバは家畜の餌となる。人間は家畜のお余りをいただく。


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ジャガイモとイ族の農民

ジャガイモを収穫した後に、秋ソバや飼料用のカブが栽培される。
しかし、ジャガイモを二年続けて同じ畑に栽培することはできない。
一方、トウモロコシは収穫が10月になるため、秋作はあきらめる。
パズルを解くように、モザイク目に畑が使われる。
もちろんタネは全て自家採種である。


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洛覚村畑遠景

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トウモロコシの参加型育種

冠婚葬祭には牛が供され、現金が必要な時はブタが売られる。
イ族の正月前には庭先でブタの毛を干したシダの葉を燃やし焼いている光景に出会う。

我が国農林水産省の「有機農産物の日本農林規格(有機JAS規格)」の第2条第1項にある「農業の自然循環機能の維持増進を図るため、土壌の性質に由来する農地の生産力を発揮させるとともに、農業生産に由来する環境への負荷をできる限り低減した栽培管理方法を採用したほ場において生産すること。(一部略)」との記述を見たとき、一番に思い出したのが、この中国四川省涼山イ族自治州美姑県の山奥(北緯30°標高2400m)の村にみられる農業だった。まさに有機農業のモデル。

1960年代、中国共産党の指導による営農の集団化は収穫量の極端な低下をもたらし、多くの家畜そして人が飢餓により亡くなった。
集団化は中止され個別責任による営農が復活し、そこに尿素が導入されると収量は革命的に増え、人々の生活に初めて余裕が生まれた。
今は自然循環型の営農形態の上に、尿素と過リン酸石灰が味付けされ、有機農産物の生産では無くなった。

東日本大震災に続く福島原発の事故、放射能は森の木の葉と土の表面に多く吸着された。
有機農家が最も大事にしている堆肥の原料と表土を否定することに成った。
イ族の農業は、私が今までに世界中を歩き、見てきた中で最もモデル的な循環型農業であった。
この、有機農産物を生み出すための循環型農業の基盤の存在を否定する放射能の汚染。
不条理の世界が原発にあることを、改めて実感した。今年も11月にイ族の村を訪ねる。

次回はJOIAの新理事 志野さんにお願いします。

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2012年2月28日 (火)

黒い、夜の闇?(小山真一)

 2007年に農場コース、2009年に食品加工コースを受講しましたが、現在、ほぼ「ゆうれい部員」状態の小山です。
 先日、アフリカからの農業普及員7名を千葉県のある有機農場に案内する機会がありました。畑に出で、農家の方から栽培管理のご苦労などを伺っていると、突然、一人が畝間に生えている雑草を食べ始めました。生です。彼の行動に気が付いた他の方々も畑に足を踏み入れながら、それを探し始めました。皆さんソワソワし始めて、彼らの注意は有機農業からその植物にすっかり移ってしまいました。「この植物は栽培しているのか。」「雑草扱いされているのなら、収穫して帰りたい。」レジ袋を取り出して、共同の収穫作業が開始されました。

 

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 その植物の名前は、Black Nightshade(Solanum nigrum L.)だそうです。アフリカにおける伝統野菜の一つで、市場でも高級野菜の部類に入るということでした。日本に来て数ヵ月が経っている彼らにとっては、求めていた「故郷の味」にありつけるチャンスだったようです。帰りは、レジ袋いっぱいに詰まったお土産に、農家の方にいつも以上のお礼を言って別れました。私も、畑で一口と、翌日に調理されたものを試食してみました。生では味がありませんでしたが、玉葱などと炒めて調理されたものは、ホウレン草のような味がしておいしかったです。

 その後、各地で農家の圃場を訪ねるたびに、その伝統野菜を探すのですが、どこにでも生えているものではないようです。次に見つけたのは、長野県の有機農家の圃場でした。2つの事例だけですが、Black Nightshadeと有機農業に接点があったのは偶然でしょうか。理想的な土づくりを実践していくと、生えてくる雑草も違ってくるのでしょうか。もし、この植物が生えていれば間違いなく有機栽培の圃場です、などと言える指標植物があれば検査も簡単なのになぁ。でも、そんなに都合良く、どの地域にも画一的に適用できる植物なんてないだろうなぁ、などと勝手に考えています。

 検査で現場を訪問できるのは数時間ですが、それでもやはり生産者の話を聞きながら、栽培期間を通じた管理をどのように行っているのか想像することが、検査の難しいところであり、楽しいところなのだと思います。もしかしたら、畑に生えている雑草一本一本にも、生産者の方の意志が現れているのかもしれません。

 Black Nightshadeは、日本の植物辞典によると、日本名「犬酸漿(いぬほおずき)」と言い(「黒い、夜の闇」ではありませんでした)、ナス科ナス属の一年草でジャガイモの芽と同じソラニンを含んでいて有毒だそうです。種(species)によると思いますが。。。
 

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 次回は昨年の新人JOIA会員、永井さんにお願いします。

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2012年1月26日 (木)

ケニア、インドそして日本(久保田亜希)

遅ればせながら、あけましておめでとうございます。茨城つくばの久保田です。今年もよろしくお願い致します。昨年は大変な年となってしまいましたが、今年はどうか穏やかな年となりますように、心から願っています。

 昨年中、仕事や友達との旅行でケニアやインドに行く機会がありました。私なりに感じたこと等を書かしていただきます。

 ケニアでは、もちろん日本と比べて裕福ではないにも関わらず、人々が明るい!という印象です。
心中はいろいろあるでしょうし、それを察することはできませんが、
表情が明るい。道で目が合うとニコッとしてくれます。
こちらも思わずニコッ。
バスの中でもおしゃべりでにぎやか。わいわいしています。


赤道地点に行った時には、お土産屋のおじさんが「実験」を見せてくれました。
まず赤道から北に50mほど行って、真中に穴のあいた水差しにポタポタ真上から水を落とし枯葉を浮かべると、左回りに回ります。次に赤道から南に50mほどのところで同じことをすると、葉っぱは右回りにぐるぐる~~。おじさんがふ~っと吹いているわけではありません。そういえば、北半球では水道の水が必ず左回りに流れていくというのを習ったような記憶が。
地球の磁場(でいいのでしょうか??)を感じました!
(お察しの通り、この後お土産を買わされ、、、、いえ、買いました)

 

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<赤道(equator)地点で>

 インドでは、人々の多様性と国のふところの深さを実感。
マハラジャ宮殿やタージマハールのような豪華な美しさから、
とても清潔とは言えないところまで。簡単な布を巻いたような人たちが汗を流して労働している横で、絹のサリーを着た夫人がすーっと歩いているとか。
数字の0(ゼロ)という観念を初めて考えた国のように、とびぬけて優秀な人たちと、全く教育を受ける機会の無い人たち。道に立っていて人々を眺めるだけでも時間が経つのを忘れてしまうほど、いろんな顔、服装、動きの人々でいっぱいです(牛も優雅に道を歩いています)。

 いろいろ考えると、頭の中が混乱してぐちゃぐちゃになりそうな錯覚にもとらわれます。
けれど、なんでもオーケーという中に身を置くと、すうう~っと肩の力が抜けていくようでした。


ガンジス河のほとりバラナシでは、レストランでのカンパ~イ!中に横の木から下りてきた猿に腕をひっかかれてしまいました。まだ食べ終わっていないおつまみを守ろうとしたばかりに。
傷を放っておいたらホテルオーナーに叱られ、すぐに狂犬病の注射をしに病院へ。
全部で5回も注射をする羽目になってしまいました。みんな棒を持っていて噛まれるのを恐れているのに、誰も猿たち(いっぱいいます)を退治しようとは考えないようです。
日本だったらニュースになって、退治しているかな。
これもインドの許容量の大きさでしょうか。

 自然と共存している、という感じでした。人々の意識の中に、
人間と動物間の「甲乙」の関係が無いようです。またはヒンズー教の教えのためでしょうか。
とにかく得体の知れないパワーを感じる国でした。

 

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<ガンジス川での沐浴>

 日本について考えるきっかけにもなりました。日本は地震、川の氾濫、津波、台風、火山の噴火などの自然災害がものすごく多い国であるにも関わらず、ここまで発展しています。
人々の勤勉さ、良い仕事をしようという職人意識のようなものが他の国より秀でているからしょうか。
現在は大きな問題を多々抱えていますが、必ず前に進みます。良い方向に行きます。と信じています!

 

次回はつくばの星、小山さんにお願いしました。

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2011年12月26日 (月)

自然エネルギー体験あれこれ (富岡裕子)

私は自然エネルギーが大好きだ。
理想(夢?)は「なるべく化石燃料に頼らず、自然エネルギーを使って地球に迷惑をかけずに暮らすこと」である。なんと言っても、使うと愉しいのが自然エネルギーの特徴だ。
ちなみに、ハイテクなオール電化はあまり好みではなく、ローテクなものにより惹かれる。
とはいっても、結局住んでいるのは普通の家だし、もちろんガスや電気にもたくさんお世話になっている。
車もけっこう乗っているので、これは自分でも認めざるを得ない矛盾ではある。

 さて、最近、バイオガスのワークショップが近隣であったので、参加した。
同時に自然エネルギーカフェも開催されており、バイオガスで沸かしたお湯で入れたコーヒーも味わった。
講師は有名な埼玉県小川町から来た方で、彼らの循環型農業の取り組みの話も聞くことができた。
中でも目からウロコだったのは、畑から出る残渣を堆肥化する場合に比べて、バイオガスを作り、副産物としてできる液肥も得た方が遥かに肥料効率やエネルギー効率が良い、ということだ。
堆肥を作ると、材料(残渣、豚ふんなど)の総カロリー量の半分以上が発酵熱として放出されてしまうのに対し、バイオガスに用いるとたった2%の放出で済む。

 それ以外のカロリーはガスと液肥に変換できるそうだ。今の日本で行なうには様々な条件も考慮しなければならないしても、魅力的な話だ。
アルバイトで有機農業の生産現場にも関わっている私は、畑から出る残渣の膨大さ(特にB級品など食べられるもの)を見るにつけ、モッタイナイ!!と胸が痛む。
もちろん堆肥として使うという方法があるが、バイオガスの話を聞いた後はことさら、「この残渣を使ってガスと液肥が作れたら、楽しいし先駆的だしスバラシイのに!」と、いささか妄想モードである。
農業の現場でも、地域単位でこういったバイオガスや太陽エネルギー利用の取り組みが進めばいいなぁ、と思う。

 もう1つ、ワークショップで見せてもらったのが「ロケットストーブ」だ。

名前の通りストーブなのだが、言ってみれば、薪を燃やして効率的に高温に達することができるドラム缶式の「エコストーブ」である。数年前から興味津々のアイテムだったので、
今回それを体験できたのはラッキーだった。
ロケットストーブは、一斗缶などを使って簡単に手作りできるものは煮炊きに使えるし、少し大がかりな物になると、燃焼熱を地中に埋めたダクトに通して、床暖房になる。
会場の近隣にある農場に手作りされた、両方のタイプのロケットストーブを見せてもらったが、ドラム缶を使ってシンプルかつ機能的に作られており、感心した。農家の調製作業場など、土間でしんしんと底冷えがひどいので、コレがあれば助かるだろうなぁ、とまたまた妄想してしまう。

ちょうど12月号の「現代農業」にも、燃料自給特集としてロケットストーブが詳しく紹介されており、タイミングの良さに嬉しくなった。農業が盛んな地域は森林資源も豊富な場合が多く、間伐材を有効活用できるロケットストーブもよくマッチするのだろう。 
私の拙い文章ではイメージがわかないと思うので、興味のある方はぜひ読んでいただけたらと思う。

 さて、最後になったが、私はソーラークッカー(太陽熱調理器)を使って料理をするのが趣味だ。
天気の良い日はお日様でチョコレートケーキを焼くこともある。
クリスマスあたりには生協で買った美味しい丸鶏にハーブや有機オリーブオイルをたっぷり塗りつけて、太陽熱オーブンで丸焼きにするのがここ数年の楽しみだ。

ちょうどこのブログの原稿を書いている時にクリスマス時期に当たり、太陽で蒸し焼きにしたチキンがうまくいったので、写真にてご紹介します。今年はお腹の中にもち米、セロリ、玉ねぎ、むき身あさり、にんにく等を炒めたもの(ここはガス火を使う)と、くし切りにした国産レモンを詰めてチャレンジ。お日様の下に置いて3時間あまり。多少時間はかかるが燃料はゼロだし、のんびりゆったり、が良い。オーブンを開けるともわっと湯気が立つ。さくっとナイフを入れると、身はホロホロになっていてとってもジューシー。中まで熱がしっかり通って感動的な味になった。
太陽ってすごいな、といつもながらつくづく感動してしまう。

 

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小さな幸せをジュワーッと噛みしめながら、やっぱり、原発より太陽でしょう、
自然エネルギーでしょう! と思っている。

次回は、JOIA講習会同期で同じつくば市在住の久保田亜希さんにバトンタッチします。

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2011年11月24日 (木)

被災地での検査 (福澤隼人)

仙台の福澤です。

今年もあと一か月ほどとなった。今年も、例年通りの生産者と検査でお会いすることができた。 私の検査先は宮城県が一番多い。通常検査の最初は昨年の指摘事項を 確認することが多いのだけれど、今年はおのずと地震の話から始ま る。

私は地震当日仙台市内におり、地下鉄が止まったので歩いて帰り、夕 方ごろ自宅にたどり着いた。玄関の向こうに広がる家財家具散乱の光 景に茫然自失。日が暮れかけていたので当日の片づけは無理と判断し て、近くの小学校に寝に行って、日中片づけをするのを何日かやっ た。壁や基礎にひびが入り一部損壊の判定は出たが、じゅうぶん住め るのでかなりましなほうである。

生産者のことは守秘義務があるので詳しく書けないが、生活用水がま まならないのに育苗に必要な水の確保のことも考えなければならな かったり、地震で母屋に住めなくなったので、倉庫を仮住まいにしな ければならなかったり・・・とさまざまな苦労があった。ただ、その 中でもほ場の被害はほとんどなかったのが幸いだった。


が、驚いたのはみんなこういうときでも作って認証を取りたいという 気持ちがあったことだった。前向きだなあと感心。自分もそんな生産 者と多く会ううちに、需要があるならば、頑張らねば!といつもの勢 いに戻っていった。

私は特別栽培の検査もやっているので、6月のシーズンイン以降かな りの日数を検査に割いたことになる。カレンダーを見返してみれば、 自分で言うのもなんだが「よくやれたなあ」という思いだ。私の風貌 をご存じの方は、「どこにそんな力が?」と思われるかもしれない (笑)
 

原発の報道はピークに比べると減っていはいるものの、いまだ放射性 物質は出続けているので、次年度以降も注意していかなければならな い。でもこの地で頑張って有機農業や環境保全型農業を続ける生産者がいて、 認証を必要としている限り、そのお手伝いをしていきたいですね。

また来年も元気な生産者に会いに、忙しい忙しいと言いながらも、検 査に向かうんだろうな。
 

次回は、茨城の富岡さんにお願いしました。

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2011年10月11日 (火)

検査技術講習会、秋葉原で開催!(作吉むつ美)

 914日~17日にかけて、東京・秋葉原を舞台…いえ、駅近くの「東京都産業労働局秋葉原庁舎」を会場にして、JOIA/IOIAの検査技術講習会を開催した。今回は、農場と加工を同時開催し、同じ講義を一緒に聞いたり、同じ方向の模擬実習地へ向かったり。もちろん、JOIAの講習会、懇親会も農産・加工合同でわいわい、である。
 
 さて、通常、準備は数ヶ月前、実際には会場の確保や案内から、講師選定など半年ほど前からそろそろーっと始まる。ここ2年の特徴は、海外から「参加したいから、申込書を送れ」という問い合わせだ。「英語サービスはない」とお断りの連絡をしたなかには熱心な方がいて、「今から日本語を勉強してがんばるから」というねばり。あわてて、IOIAで開催される別の英語開催のところをご案内した(でも、「AKIHABARA」に惹かれて連絡してきた人も居たのじゃないかと勘ぐったり)

 これまで、海外の方が参加されたのは、中国の方々で、日本でしかも認証機関で働いているということで、ほとんど言葉上の問題は感じていなかったけれど、やはり、大変なことは大変。日本語でも時間におわれるとテンポアップしがちな講義が続くと、わからないからといって止めることもできない(思う)。私自身、信じられない英語力のまま、わかる事があるのに喜び、ついていけないワークにヒステリーを起こした経験があるので、人ごとではない。

 しかし、今回は、さらに新たな国のご出身者たちが参加された。国際色豊かだけれど、日本語が達者な方達。みなとも普通にコミュニケーション(ノミニュケーションも!)をとっていた。さすがにメモをとるのは、英語だったけれど(二人は英語が母国語ではないけど、日本語よりは画数が少ない分メモとりやすいのでしょうね)。どんな報告書があがってくるのかちょっと楽しみである。

 そう、この国際色豊か、というのは、アキハバラではほんとうに実感できる。街では、中国語が道ばたで飛びかっていたり、ヨドバシカメラあたりでは、いろんなお国からやってきたのでは?という方々もうろついている。それに、アキハバラ、ですよ。実は、前の週の週末にも、OMC(オーガニックマネージメント講座)で、表示の講習会を開催している。(いやー、これは非常にアクティブで、退屈になりがちな表示の講習がこんなふうにできるのか、というもの。サービス精神あふれる丸山理事長の講義、参加されなかったみなさん、ほんと残念でした)。そのときも、階下ではコスプレ写真撮影会が開催されていた。検査技術講習会の最終日(受講された方にとっては、それどころではないテスト前、階下では、なにやらアキハバラらしい雰囲気がかもしだされていた)も土曜日だったので、それまでの3日間とはやはり街に集まる人の数は雰囲気が違っていた。

 東京に長く住んでいたことや、ことさらITにはまっている訳ではないので、アキハバラにきて浮き浮きはしない。でも、静かに富士山と対峙する場所から出てきているのだもの、ちょっとお上りさん気分があってもいいじゃないか。…そこに、メイド喫茶のメイドさんとおぼしき風情の女性が交差点のむこうからせわしく歩いてきた。前日の夜、宿泊組の志野講師と夕食場所を探していたとき、「メイド喫茶に行ってみる?」と、ちょっとふってみたけれど、ぜ~んぜん、興味を示してもらえなかった。だから、生のメイドさんを拝見できて、ちょっと経験値あげた気分。まあ、一応女性の私としては、対抗馬とおぼわしき、「執事喫茶」なるものにいったほうが盛り上がりそうな気はするけれど。

話が横道にそれてました。

 最近の傾向として、認証機関のスタッフや認証機関の検査員の方が検査技術講習会に参加される率が増えてきた。こうやって利用してもらえるなら、講師冥利につきるというものである。とはいえ、どこも財政厳しいおり、参加者はあまり多くなかったので、こじんまりしたクラスとなっている。しかし、その分、講師の目は行き届き、実習でも十分に質問や観察の機会をえることができる。今回久しぶりに検査技術講習会の講師として参加した水野さんと「いやー、あのマンモス講義の時代とは雲泥の違いだね」と講習の変化をしみじみ語りあった。

 目的はやはり、オーガニックをサポートするハートをもちつつ、消費者に信頼を獲得できる認証システム構築のため、検査員としての役割をよく理解してもらうことだ。コンプライアンスが叫ばれ、ISOなどの様々な認証が普及するなか、書類の整合性や法律解釈などにどうしても目がいきがち。そこに、「現場にいった検査員だからこそ見えること、気づくこと」を大事にしたい、と何度も強調した。現役で検査活動をしている方は、そうはいっても、書類でしょ?規格・基準との整合性でしょ?と思われるだろう。もちろん、それは大事なことだ。さてさて今回参加された方々は、どう感じられただろうか。そして、どんな検査をこれからされていくのだろうか。フィードバックが楽しみだ。

農産チーム(模擬検査実習には、瀬山農園さんにご協力いただきました)

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加工チーム(模擬検査実習には、高橋ソースさんにご協力いただきました)

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さて、次は、私と同じく婚活中(?)の東北の草食系エース、福ちゃんこと福澤隼人さんにお願いします。

 

 

 

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2011年9月 1日 (木)

理事長ブログ 裏話 (丸山 豊)

 検査員は守秘義務があるから「○○さんの生産活動は素晴らしかった」とか「○○工場はとてもきれいだった」とかブログに書くことができない。だから当たり障りのない、面白くもない内容にならざるを得ず、また日記を書く習慣もなかったので、つい途切れがちになっていた。しかし、JOIAのトップページにリンクが貼ってある以上、何とか続けなくてはと、一種の義務感でやっていた。

昨年の晩秋、能登半島に検査にいって耕作放棄地を開墾したばかりの畑の上に立った時、なぜか、石川さゆりの能登半島という歌がぴったりくるなと感想をもった。そうだ、替え歌にすれば実名じゃなくても書ける。ということで、その時の検査で「能登半島」(石川さゆり)と「雨のほ場」(雨の慕情:八代亜紀)を作った。最近では、義務感もなく趣味の世界になってきた。いろいろお会いした人から、趣味はなんですかと聞かれ、返事に窮していた無趣味の私も、今では「替え歌づくりです」と答えられるようになった。 

さて、8月は半月ほど有機JASの検査で外国にいっていた。現地に着き、移動中の雑談で替え歌ブログの話になり、皆で盛り上がって「丸山さんぜひこの地で大量に替え歌を作ってください」という話になった。 

首都に滞在している夜、中華料理店に入ってみんなで夕食をたべていたら、BGMで流れていたのが「星影のワルツ」。これは使えますかと生産行程管理責任者のAさん。ではこれをキープしておこう。でも若いBさんは星影のワルツを知らない。千昌夫で知っている曲は?と聞くと、隣のCさんが北国の春くらいかなとのこと。では、北国の春ならぬ「南国の春」でいきましょう(ちなみにここは南半球なので、冬から春になるところ) 

しかし、次に作った北島三郎はみんな原曲を知らないようで、年の差を感じてしまった。 

サココという集落に入り、話を聞くとこの集落の名前の由来は幻の鳥だという、サッククックと啼くという話を聞いて、その啼き方から桜田淳子の「私の青い鳥」が浮かんだ。そこで、検査の合間の雑談の時に、その鳥の色は何?などサココについてのヒヤリングを開始した。 

サココは桜田淳子に決めましたと次の場所への移動中に皆さんに公表すると、では次の集落はぜひ山口百恵でお願いしますとリクエストがきた。でも山口百恵の代表曲ってなんだろう。「ひと夏の経験」(誰でも一度だけ経験するのよ、外国のこの検査)、「プレイバック・パート2(緑の中を走り抜けてくランドクルーザー。バカにしないでよ、そっちのせいよ)、「いい日旅立ち」(ああ、日本のどこかに検査を待ってる人がいる)など候補が出たがなかなかぴったりいかない。首都のホテルに戻りネットで検索したら、横須賀ストーリーの歌詞はかなり使えることがわかり、ここは横須賀ストーリーに決定。 

そして帰国の夜には、最初にあたためていた星影のワルツでしめた。以上、懐メロ5連発のアップとなった次第である。 

さて、次のブログは作吉さんの登場です。 

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2011年6月 1日 (水)

東北からの贈り物 (林 慶子)

去る5月15日の日曜日、我が家に一つのダンボールが届きました。
その中身は、「ふのり味噌漬け」「塩蔵昆布」「白米(ひとめぼれ)」
「セリ」「紫黒米」「原木椎茸」「よっちゃんなんばん」「かぶ」に「レタス」、全て東北で取れた美味しい美味しい食材です。

 

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 送り主さんは「被災地の農漁家とつながるプロジェクト」。
関西のスーパーでは、食材のほとんどが西日本で出来たものですので、震災後、東北のものを買って応援したいと思っていても、
なかなか日常の中で行うことは困難でした。
東北の食材を、支援金を含んだ商品代金で購入するこのプロジェクト、JOIAの井戸端会議で知ったとき、思わず歓声をあげました。

ダンボールを宅配業者さんから受け取り、母と喜んでオープン!!
予想以上のボリュームに父も母も大満足。
生産者の方々の思いが書かれたチラシを見ながら、
皆さんの笑顔に、応援していたはずの我々が元気をもらいました。
我が家の食卓に初めて並ぶ東北の味に舌鼓を打ち、
思いを馳せながら、全てを美味しく大切に頂いています。

プロジェクトを立ち上げて下さった方々、
プロジェクトに賛同して商品をご提供頂いた生産者さん、
そしてプロジェクトを教えて下さったJOIAの井戸端会議、
こうして人と人とが繋がって何かを作り上げることに、
少しでも参加できたことを嬉しく思っています。

いつの日か東北に美味しいものを食べに行こうね。
両親とそんな日を夢見ながら、今日も検査頑張ります!!

次回は、関西の重鎮の村上さん、お願いします。

 

 

 

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